周防國スイム譚

スイム譚

3月4日、5日と山口で行われる第39回JSCA全国マスターズスイミングフェスティバルに参加してきました。

東京まで上越新幹線で行き、羽田から山口宇部空港に向かいます。

山口宇部空港からはレンターカーで山口市に向かいます。空港から山口宇部道路を利用しましたが一般道でありながら高速道路並みのすばらしい道路でした。

お昼は山口のB級グルメの「ばりそば」です。元祖ばりそば本舗春来軒です。

メニューに ばりそば 大皿5人前!さすがにソールフード

これは並みの「ばりそば」です。

春来軒の近くにあった山口中心商店街の一画の中市商店街に寄り道です。

七つの商店街で構成される山口市中心商店街を一つのショッピングモールとして捉え「山口街中」として情報集約型の商店街を構築しています。がんばっているんです。

山口ザビエル記念聖堂です。最初の記念聖堂はザビエルが山口を訪れてから400年を記念して昭和27年に建てられました。内部にはザビエルの一生を描いた美しいステンドグラスがあり、聖堂から15分おきに時を告げる鐘の音が響いていたそうですが平成3年に焼失しました。

その後、平成10年にこの新しい白亜の記念聖堂が再建されました。新しい記念聖堂は高さ53mの二本の塔と屋根が建物全体を覆う三角錐となった斬新なデザインで、礼拝堂内部にはたくさんのステンドグラスが施され、パイプオルガンも設置されています。現在は1時間おきに時を告げる鐘の音が戻っています。

聖堂の外の坂の下には「ルルドの園」という岩陰にひっそりとマリア像が安置されているところがあります。

ザビエル記念聖堂から車で数分で瑠璃光寺に着きます。大内文化を優雅に伝え「西の京・山口」を代表する観光名所です。

瑠璃光寺の境内は香山公園と呼ばれ桜や梅の名所になっています。その中に国宝の五重塔がそびえています。

大内氏前期全盛の頃、25代大内義弘はこの地に石塀子禅師を迎え香積寺を建立しますが、応永6年(1399年)に応仁の乱で足利義満に敗れて戦死します。26代弟、盛見は兄の菩提を弔うため、五重塔の造営に着手します。その造営の途中で盛見は九州の少弐勢との戦いで戦死し、五重塔はその後嘉吉2年(1442年)に落慶します。

その後、毛利輝元が萩入りし、香積寺を萩に引寺し跡地に仁保から瑠璃光寺を移築しました。

全国に現存する五重塔のうちで古さは10番目なのですが、美しさは日本三名塔の一つに数えられ(他の二つは奈良の法隆寺と京都の醍醐寺の五重塔)、室町中期におけるもっとも秀でた建造物と評されています。

曹洞宗の瑠璃光寺です。

瑠璃光寺の近くに臨済宗常栄寺があります。常栄寺は室町時代の作庭家・雪舟と、昭和の作庭家・重森三玲の両庭園が一度に鑑賞できるんです。

常栄寺の中門です。「専門道場」の看板があります。修行僧が修行する僧堂だそうです。また「無門関提唱」の看板もあります。常栄寺僧堂で行われている提唱(講座や法話よりも専門的な指導)は、臨済宗で重きをなしている祖師方の語録の一つの「無門関」だそうです。提唱は公開されているそうです。

本堂南側の庭園には昭和43年に重森三玲氏により作庭された枯山水庭園「南溟庭(なんめいてい)」があります。石組みは亀石組?鶴石組?

重森三玲氏は、雪舟より良い庭園をつくられては困るということで「上手に下手な庭園を造ってもらいたい」依頼されて、雪舟が中国へ往復した海をイメージして作庭したそうです。

石がX字状に配置され有機的に線で結ばれているそうです。苔による築山は方丈側(本堂)を高くし、端部は州兵形にして立体感を持たせているそうです。

本堂の北側にある雪舟庭園は今から500年ほど前に画僧雪舟に築庭させたものと伝えられています。

池泉手前にある石のエリアは枯山水で、有機的に繋がるように工夫されています。

庭園の周りを周回できるように遊歩道があります。

心字池には右手に亀島、中央に舟石、その隣に鶴島、その奥に蓬莱石、枯滝組の竜門瀑があります。

大変満足できる庭園を堪能し、宿泊先の湯田温泉に向かいますが、途中に旧山口藩庁門がありますので立ち寄ります。

元治元年(1864年)、萩から山口への藩庁移転の際に建てられた「山口政事堂」の正門です。切妻造、本瓦葺きの「薬医門」と呼ばれる形状をしており、高さ約6.8m、幅約10mで脇の門は常時開かれていて自由に通り抜けできます。

脇門をくぐり中からみた門です。

門の裏側は旧本庁舎で、今は県政資料館となっています。

宿泊先の湯田温泉に向かい明日に備え、温泉にゆっくり入って疲れをとります。

翌日4日の朝は元気な目覚めです。今日はJSCA全国マスターズスイミングフェスティバルに参加します。

会場の山口きらら博記念公園水泳プールです。

2種目にエントリーしました。結果はいつもの通りでした。夜はこれもまたいつもの通り楽しい懇親会でした。

一夜明け、今日は山口最終日です。昨日の疲れもなく元気に朝食を頂きます。純和風の朝食でおいしかったです。

今日はまず、防府天満宮を訪れます。

菅原道真公をお祀りした神社は全国に約1万2千社あるそうですが防府天満宮は「扶桑菅廟最初」(日本で最初に創建された天神様)と称しています。

高さ約6mの大鳥居です。昔の山陽道に面して建ち、寛永6年(1629年)萩藩初代藩主毛利秀就の寄進で、年代の分かる石の鳥居では山口県最古といわれています。

長い石畳の参道の両側には大きな灯篭が並び、明治初期までは東西に九つの社坊があったそうです。

青銅の中鳥居です。二対の大きな狛犬が神域を守護しています。手前の豪華な台座に座している華麗な狛犬は萩狛犬といわれる萩で造られ寄進されたものです。写真では小さく映っていますが、奥のいかつい面をしたたくましい姿の狛犬は、大阪で造られた浪速狛犬で、宝暦9年(1759年)に寄進されたものです。

重層楼門です。楼門を挟んで神牛と神馬が置かれているのですが、神牛の頭しか映っていませんでした。天神様は学問の神といわれていますが、農の神でもあるのだそうです。また道真公が丑年の丑の日に生まれたという伝承から、牛は大切にされています。

境内の梅林があります。今が見ごろです。

重層楼門をバックにしていろんな種類の梅の花が見られます。

重層楼門と春風楼が梅林の中から垣間見えます。

拝殿です。御祭神は菅原道真公(すがわらのみちざねこう)天穂日命(あめのほひのみこと)武夷鳥命(たけひなどりのみこと)野見宿禰(のみのすくね)です。

春風楼です。萩藩10代藩主毛利成広斉煕は社頭に五重塔を建立しようと文政5年(1822年)、地鎮供養の祈祷を行ったが、諸事情で中止となり、楼閣様式のお篭り堂として春風楼を造ったそうです。

菅原道真公は文教の神として崇敬されていますので「筆」に感謝し、書道愛好家有志が建立奉納した筆塚です。

天神本地観音堂です。本尊は十一面観音菩薩です。道真公の母は本地観音を信仰され、体の弱かった道真公の成長を観音堂に祈られたといわれています。

防府天満宮からすぐ近くに周防国分寺があります。

周防国分寺の正確な創建時期は不明だそうですが、西暦750年ごろだといわれています。

歴史を感じさせる土塀が長く続いています。

境内入り口の両脇は土塀に囲まれています。

樹齢1000年以上あろうかと思われる大きな楠の枝に覆われて静かな境内です。

大内氏や毛利氏からの手厚い保護を受けて、現在の寺域は創建当時の寺域をほぼ残しています。

重層入母屋造の仁王門は山口県の文化財に指定されています。

金堂は、毛利氏によって安政4年(1775年)に創建当初の金堂跡に再建されたもので、国の重要文化財に指定されています。本尊の薬師如来坐像、日光月光菩薩像、四天王立像などが安置されていて、同じく国の重要文化財に指定されています。

大規模な保存修理は施されていますが、創建当時の大規模な金堂が残っていることは全国の国分寺の中でも貴重な例だといわれています。

周防国分寺のそばに国指定名勝毛利氏庭園があります。

駐車場から表門に向かいますが、とても遠く感じます。

表門をくぐり更に進むと、やっと本邸が見えてきました。

毛利博物館です。本邸の一部を博物館として使用し毛利家ゆかりのさまざまな文化財が展示されています。

旧毛利家本邸は明治25年に着工し大正5年(1916年)に完成しました。書院造の様式を継承し、近代建築の翠を集め、自然の美に人工の妙を尽くして壮大華麗に建てられています。正面玄関の車寄せは重厚な造りとなっています。

廊下で仕切られた最初の中庭です。中央に巨石が鎮座しています。

二階から眺めた中庭です。巨石を中心に、蘇鉄や松などの植栽が配置されているのが分かります。

中庭は奥の方にももう一つありました。

一階客間です。檜柾目、飾り金具、金粉を用いた壁紙など、贅を尽くした意匠で仕上げられています。

人の命の尊さを説いた毛利元就の言葉「一日一力一心」です。「百万一心」と読みます。

本邸二階から庭園を眺めます。庭園は池泉回遊式庭園です。高台にあるためか広い池泉も他の大名庭園とは異なり、周囲の山々を借景し、遠くは瀬戸内海まで見渡せる壮大な風景です。

本邸から外に出て、国指定名勝「毛利氏庭園」を散策します。

庭園から眺めた本邸です。

檜造りの木造瓦葺、建築面積は1002平方メートル、10棟60部屋からなり、総工費は当時で38万円(現在価格で約150億円)だそうです。

本邸も庭園もとにかく広いです。

ひょうたん池です。池にはアーチ状の石橋が架かっています。

石橋の向こう側は松などの植栽が豊富です。

石橋のたもとの石灯籠から本邸臨むと、背景に雄大な山が控えていて見事な借景です。

ひょうたん池は大きな池で対岸から庭全体を見渡すと本邸が小さく見えます。

庭を一周して来ました。

改めて旧毛利本邸を眺めます。堂々たる風格と素晴らしいロケーションです。

毛利氏庭園を堪能した後、お昼ごはんを食べに道の駅潮彩市場防府に行きました。

二階の展望デッキから対岸の大平山が見えます。天気がいいと九州の姫島も見えるそうです。

瀬戸内海に浮かぶ向島は橋で本土とつながっています。

安心食堂潮彩は、市場ならではの新鮮さが自慢で、鮨セットを注文しました。

他の人が注文した定食もおいしそうです。

空港への帰り道、途中の道の駅あいおで「長門ゆずきちくん」で喉を潤します。まろやかな酸味と香りでおいしいです。

帰りは山口宇部空港から羽田へ、羽田から最終の新幹線で新潟へと長旅です。新山口から新幹線を利用しても時間はあまり変わらなかったかも。

おしまい・・・

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