加賀國スイム譚 末巻

スイム譚

今日、金沢最終日は、金沢観光で絶対外せない兼六園を訪れます。

あいにくの雨ですが、周遊バスに乗り兼六園下のバス停に到着です。

石川門口の下に、堂々とした前田利家公の像があります。

金沢城公園の石川門と兼六園は石川橋で直接つながっています。

石川橋を渡ると兼六園の桂坂口があります。

兼六園には7つの入口がありますが、この桂坂口は金沢城公園と直結していて大勢の観光客で混んでいます。

少し先の蓮池門口が空いているとのことなので、そちらに回ります。

案内看板に従って茶店通り(江戸町通り)を抜けていきます。

蓮池門の横の通りには、茶店がたくさん並んでいます。ほとんどが1階が土産物屋、2階がお食事処で、金沢城公園が眺められる景色の良いところです。

平成になって、茶店の改築時に埋蔵文化財発掘調査が行われ、この場所に「江戸町」の遺構が確認されたそうです。

「江戸町」とは慶長6年(1601年)に、後の3代藩主となった前田利常のところに、2代将軍徳川秀忠の娘、珠姫が輿入れしたときに、江戸からお供してきた大勢の武士たちが、長屋を建てて移り住んだ街並みのことだそうです。

蓮池門口には、明治時代までは、立派な大きな門があったそうです。

竹沢御殿の表門だった「辰巳御門」を移転した二階建ての門で、移転後「蓮池御門(れんちごもん)」と呼ばれていたそうです。

金沢城から兼六園にお越しになった藩主や奥方は、この「蓮池御門」をくぐり兼六園に出入りし、藩政時代の正門だったそうです。

蓮池門から入園すると、兼六園の見どころに行きやすくなっています。

入園するとすぐ目の前に、皇族もおいでになられた老舗料亭の三芳庵があります。

蓮池門から入園して正面の上り坂は、松濤坂(しょうとうざか)と呼ばれています。

松濤坂とは、松籟(しょうらい)を濤(なみ)に例えて(まつかぜを大きな波に例えて)坂の名称を付けたといわれています。

この松濤坂を上ると、噴水、黄門橋、霞ヶ池に行くことができます。

蓮池門から入園して右手(真弓坂方面)へ行くと、夕顔亭と瓢池(ひさごいけ)があります。

夕顔亭から見た瓢池です。

瓢池にある三芳庵の水亭と翠滝(みどりたき)です。

石の橋「日暮の橋」を渡った中州には、加藤清正が朝鮮出兵の際に持ち帰ったといわれる六重の塔の「海石塔」と枝垂桜があります。

瓢池を周回して梅園に向かいます。

3月の兼六園の見どころはやはり梅の花です。

この梅林は、昭和44年に明治百周年記念事業として約3000平方メートルの広さの場所に、全国から取り寄せた約20種200本の名梅の苗木を植えて造営したものです。

様々な梅の木が咲き誇るのは3月中旬からなので、まだ少し早いかもしれません。

梅林から霞ヶ池の方に向かいます。

霞ヶ池は、兼六園の中心に位置し、銘石、植木などが配され、周遊しながら景観を楽しめるよう配慮されています。

眺める位置により異なった様相を見ることができ、散策には最適なのだそうです。

霞ヶ池の中には蓬莱島という亀の形をした島があります。

もともと竹沢御殿の築山を池を掘り広げて島としたものだそうです。

3月になると、雪の季節は終わりですが、兼六園の雪吊りは有名です。

北陸地方特有の重い雪から木の枝を守るために、縄を張って枝を吊り上げます。

円錐形の雪吊りが施された様子は兼六園を代表する景観の一つです。

曲水に架かる月見橋のたもとにある赤松の「玩月の松」です。

この松の辺りは、季節によって変わる月の出を愛でる最高の場所なのだそうです。

月見灯籠、月見橋など月にちなむものが多くあります。

兼六園は優れた景観の代名詞である六勝(ろくしょう)と表現されていますが、地元の人でも何回も来たいと思える魅力があるそうです。

そう思わせるのが園内に約8200本ある樹木だそうです。

素晴らしい美しさを誇る見事な松を数えきれないほど見ることができます。

兼六園のシンボル、霞ヶ池の「微軫灯籠(ことじとうろう)」と「虹橋」です。

虹橋を琴に見立てると、灯篭が事の絃を支える駒に見えるので、微軫(ことじ=琴柱)と名付けられたそうです。

虹橋の下を流れる曲水の音は琴の音色を表しているそうです。

いつもは混んでいて行列もできるほどなのだそうですが、幸い、今日は雨なので観光客が少なく、うまく撮れました。

曲水にかかる雪見橋の正面の築山が「七福神山」です。

七福神をなぞらえた天然石が配置してあるそうですが、どの石がそうなのかはよく分かりません?

中央にある赤松は鶴が巣をつくったことから「巣ごもりの松」と呼ばれています。

千歳台にそびえる大きな銅像は、西南戦争の忠魂碑「明治記念之標」です。

兼六園を見下ろすように日本最古の銅像、日本武尊の像が建っています。

明治記念之標の傍らにある「御花松 別名:手向けの松(たむけのまつ)」です。

山崎山入口には芭蕉の句碑があります。

苔むした中に佇む自然石に句が彫られているので、文字は見えにくいです。

芭蕉が元禄2年(1689年)の「奥の細道」の旅の途中に金沢で詠んだ「あかあかと日はつれなくも秋の風」の文字が彫られています。

山崎山からふもとの随身坂口に下ります。

随身坂口から、兼六園に隣接する前田家の奥方のために建てられた御殿「成巽閣(せいそんかく)」に入館できます。

建てられた当初は巽御殿と呼ばれていたそうです。

奥方の隠居所として建てられたので優しい趣があります。

兼六園からほど近くに「本多の森公園」があります。

この付近は、加賀藩の筆頭家老本多家の武家屋敷跡で、周辺は濃い緑で覆われ、多くの文化施設があり、一帯は「兼六園周辺文化の森」と呼ばれています。

「本多の森公園」の中にいしかわ赤レンガミュージアム(石川県立博物館・加賀本多博物館)があります。

旧陸軍兵器庫の赤レンガ棟を再生した建物は、国の重要文化財となっています。

「加賀本多博物館」は徳川家の重臣、本多正信の次男本多政重を初代とする加賀藩重臣の加賀本多家に伝来する、数多くの名品を展示してあります。

この度は、春季の大阪の陣特別展が開催されていて、普段目にすることのできない歴史的資料を、本多家15代当主の館長から解説いただきました。

隣の「石川県立博物館」は共通券で入館でき、石川県の原始から現代までの歴史と文化が分かりやすく展示されています。

まだ時間にゆとりがあるので、周遊バスにのり、香林坊で途中下車し金沢市老舗記念館に立ち寄ります。

金沢市老舗記念館は、藩政時代からの薬種商であった「中屋薬舗」の建物を伝統的町民文化の展示施設として復元したものです。

薬種商中屋の旧店舗を移築したのが老舗記念館の建物で、当時の様子をうかがうことができます。

中屋家が所蔵していた「金沢の売薬製造・販売用具」は国の登録有形民俗文化財となり、金沢の薬の伝統的な製造や販売などの実態を知ることのできる貴重な資料だそうです。

新潟までは高速バスで4時間かかるので、金沢駅に戻り、出発までに夕食を済ませます。

多彩な寿司文化を持つ金沢は握り寿司だけではなく、伝統的な料理法で手作りされる押し寿司も素晴らしいのです。

鯖の手押し押し寿司です。

すこし物足りなかったので、追加しました。(日本酒も・・・)

寿司は、魚が旨いと書いて「鮨」ともいう。・・・よく言った!

気分よく新潟まで寝ていけそうです。 

加賀國スイム譚 完

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