若狭湾センチュリーライド2019道中記(後編)

Jitensha

昨日は若狭湾センチュリーラードで若狭の風を感じてきました。

今朝は前日の疲れは少し残っていますが朝は気分よく目覚めることが出来ました。

朝食を軽くとって6時にホテルを出発します。

せっかく福井県に来たので各所を観光しながら帰ろうと思います。

敦賀市の気比神宮は北陸道総鎮守であり越前國一之宮でもある格式の高い神社です。

早朝の参詣となります。

朝日に照らし出された気比神宮の大鳥居です。日本三大鳥居の一つでもあります。

早朝のためまだ誰も参詣する人はいないので、境内には何やら荘厳な雰囲気が漂っております。

ご祭神は伊奢沙別神・仲哀天皇・神功皇后・日本武尊・應神天皇・王妃命・竹内宿禰命の7柱です。

主祭神の伊奢沙別命(いさざわけのみこと)は御食津大神(みつけおおかみ)とも称される気比神宮にのみ祀られている神で、食物を司るとされています。

古事記にはここ敦賀から朝廷に海産物などの食物が奉られていたと記されているそうです。

本殿でお参りを済ませて、近くの敦賀港に向かいます。

敦賀港周辺は「金ケ崎緑地」として整備されて、「敦賀鉄道資料館」、「人道の港・敦賀ムゼウム」、「敦賀赤レンガ倉庫」があります。

敦賀港は、1920年にシベリアで救出されたポーランド孤児が、また1940年にはナチスドイツから逃れたユダヤ人難民が、リトアニア・カウナスの領事代理杉原千畝が発給した「命のビザ」を握りしめ上陸した日本で唯一の港で「人道の港」として伝えられています。

人道の港・敦賀ムゼウムです。残念ながら開館時間前で入場できません。

敦賀港の東側に2棟並んで建っている「赤レンガ倉庫」は福井県でも有数のレンガ構築物で2009年に北棟、南棟、煉瓦塀が国の登録有形文化財に登録されています。

外観を眺めながら敦賀湾沿いを北上し越前の北前船の歴史を辿ります。

当時の栄華をしのばせる見事なたたずまいの北前船の館・右近家です。

まだ会館時間前なので外観のみです。

駐車場に北前船が展示してあります。雰囲気はすこし味わえます。

越前から鯖江を通り一乗谷を目指します。

途中の鯖江市の西山公園のつつじが素晴らしいとのことで、休憩を兼ねて立ち寄ることにします。

残念ながら、見頃は過ぎていて5万本のつつじが咲き乱れる景色は楽しむことはできません。

展望台からは、鯖江市の街並みや遠くは白山連峰が望めます。

少しのんびりと休憩し、一乗谷を目指します。

途中で、佐々木小次郎が燕返しをあみだしたところと言われている一乗滝に立ち寄ってみます。

朝倉氏の遺跡を貫いて流れる一乗谷川の上流にある落差12メートルの荘厳な水の糸を引く滝で、白山信仰の開祖泰澄大師が白山大権現を祀り滝水山浄教寺を建てた所だそうです。

一乗滝から少し行くと一乗谷朝倉氏遺跡があります。

戦国時代に朝倉氏五代が103年にわたって越前国を支配した一乗谷城の城下町跡です。武家屋敷、寺院、町屋、職人屋敷や道路に至るまで街並みがほぼ完全な形で発掘され、国の重要文化財、特別史跡、特別名勝に指定されています。

朝倉館跡と館跡庭園です。

第5代当主朝倉義景の館跡で、6,500㎡ほどの敷地があり三方は土塁と濠で囲まれています。常御殿、主殿、会所、茶室、日本最古の花壇ほか、台所、厩、蔵などが整然と配置されていたそうです。東側の山際は京風の石組みの庭園になっています。

一乗谷朝倉氏遺跡から越前大野までは30分ぐらいなので寄り道します。

越前大野は「天空の城越前大野城」で有名です。越前大野城は市の中心部にある亀山(標高249m)にそびえる平山城です。

亀山の山頂まで一直線に上る階段が整備されています。

一気に上るにはきついので途中で休みながらようやく城に到着しました。

この城下町が雲海に包まれ、その雲海の中に亀山だけが浮かんで見える日に「天空の城越前大野城」が現れるそうです。

雲海の下がすぐ城下町で、雲海が広がって次第に町が隠れていく様、晴れて姿を現していく様が幻想的なんだそうです。

残念ながら今日は天気が良すぎます。

午後は眼下の越前大野市内を散策します。

お腹が空いてきましたので有名な越前おろしそばを食べようと思います。

観光協会の前のそば処福そば本店にお邪魔します。

お品書きを見るとどれもおいしそうなので、一度に3種類の味が楽しめる”おろし三昧そば”にします。

大野産のそばを石臼で自家製粉して綺麗な地下水で打った絶品そばです。

ここ福そばさんのおろしそばは常陸宮両殿下も食されたそうです。

ここ七間通りは「奥越の小京都」と呼ばれる城下町の風情が残った街並みです。

越前大野から20分ぐらいで勝山市に行けます。

勝山は恐竜のまちとして有名でここは是非「恐竜博物館」に立ち寄りたいと思います。

ここ福井県立恐竜博物館は恐竜の世界、地球の科学、生命の歴史、古生物、地学の専門の博物館です。

銀色のドーム型展示室には30体以上の恐竜の全身骨格等の標本が展示され、巨大なジオラマや迫力満点のダイノシアターなどがあり子供から大人まで楽しめます。

恐竜博物館から30分程で永平寺に行けるのですが、以前お詣りしたことがあり、また時間の制約もあるので今回は断念することにして丸岡城に向かいます。

丸岡城は、現存天守閣では最古の建築様式を持つ平山城で霞ヶ城の別名があります。

国の重要文化財に指定され、外観は二層、内部は三層の望楼型天守閣で、石垣は野づら積みという古い方式で、すき間が多く粗雑な印象ながら排水がよく大雨でも崩れないといわれています。

”歴史民俗資料館”と”一筆啓上日本一短い手紙の館”との共通入場券でしたが、時間がないのでこの二つは諦めます。またこんど・・・

最後の訪問先加賀の橋立、北前船主集落に向かいます。

ここ加賀橋立は、江戸時代中期までは茅葺民家が立ち並ぶ半農半漁の集落だったそうです。

その後北前船の船主となるものが現れ、江戸時代後期から明治中期にかけて多くの船主や船頭が居住する集落へと発展し、「日本一の富豪村」といわれたそうです。

今もその街並みは残り文化庁の重要伝統的建造物保存地区に選定されています。

ここが北前船の里資料館です。

30畳の大広間には8寸(約24cm)角のケヤキの柱、巨大な松の梁、秋田杉の一枚板の大戸など最高級の建材が使われ、その建物からは船主の豪勢な暮らしぶりがうかがい知ることができます。

江戸時代から明治時代にかけて、日本海を舞台に巨万の富を築いた北前船に関する貴重な資料が多数展示してあります。

往時の様子を伝える船主屋敷は起伏に富む地形に点在しています。

主屋は切妻造りで屋根は赤茶色の瓦葺で外壁に舟板を張っています。

敷地を取り囲むように板塀や土蔵が配置され、石垣や敷石には淡い緑青色の笏谷石(しゃくだにいし)が使われているそうです。

北前船の船主の当時の栄華を垣間見て、加賀の橋立を後にし帰路につきます。

家までは数百キロありますので一路北陸道を北上します。

ゆっくりと食事をとる時間がありませんのでこんなに簡単に済ませています。

家に着いたらおいしい食事が待ってます。

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