肥前國スイム譚 第一巻

スイム譚

9月19日から23日にかけて「アクシオン福岡」の「福岡県立総合プール」で開催される、ジャパンマスターズ2019に参加します。参加種目は9月22日の2種目なので、22日朝の1便で新潟空港から福岡空港に向かいます。

台風17号の接近で”最悪の場合は伊丹まで”という条件付きのフライトになりました。

運よく、福岡空港に到着して大会案内をチェックすると、なんと!”福岡市に警報が発令されているので本日の競技は中止”との案内が・・・

今年は、10年連続出場の表彰式が有ったのですが・・・それもお流れ!

とはいうものの、台風が九州に最接近するのは夜半との予報で、せっかく九州まで来ているので、気を取り直して、まずは博多の観光をします。

博多といえば、博多の総鎮守「櫛田神社」です。

櫛田神社は「お櫛田さん」の愛称で親しまれ、7月の博多祇園山笠では追い山笠の櫛田入りが有名です。台風の影響で風は少し強いのですが、傘はなんとか大丈夫のようです。

ご祭神は、大幡主命(櫛田宮)、天照皇大神(大神宮)、素戔嗚尊(祇園宮)の三神です。

拝殿横の「霊泉鶴の井戸」は本殿地下から湧き出る霊泉で不老長寿のいのちの水として信仰されています。

拝殿で、これからの道中の無事をお祈りします。明日から長崎方面の観光をしようと思っています。

拝殿内部には天狗の面が多くありますが、魔よけの意味合いがあるそうです。

拝殿の隣に展示してある、博多人形師たちの精緻な技が生きた、迫力満点な飾り山笠です。

博多祇園山笠や飾り山笠について解説してくれる”自動照明案内機”が設置してあります。この飾り山笠は常設展示されていますが、毎年7月1日に新しく作り変えるそうです。

博多に来たら、ここのうどんを食べておけといわれる、地元で知らない人がいないという有名店です。博多では”うどん”ではなく”うろん”なんです。

台風17号の影響で雨、風が次第に強くなってきましたので、以後は台風の過ぎ去るまでおとなしくホテルで待機します。

一夜明け、朝になっても、昨夜の台風の影響がまだ残っています。JRは鹿児島本線の一部区間が運休なので、高速バスで長崎に向かいます。

JR博多駅の隣にある、博多バスターミナルから高速バスに乗ります。

高速バス乗り場は空いています。8時19分博多発九州号に乗り長崎に向かいます。

長崎の平和公園前のバス停に留まるとのことなので、そこまでのチケットを購入します。

博多から2時間30分ぐらいで長崎の平和公園に到着です。

原爆落下中心地公園の北側の小高い丘にある平和公園は、悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと、世界平和への願いを込めて造られた公園です。

現在の平和公園は次代を担う子供たちの貴重な平和学習の拠点として、また祈りと願いにあふれたやすらぎの場として、多くの人に利用されています。

平和公園の登り口に旧松山町防空壕跡があります。原爆が投下された時、9歳の少女が、偶然この防空壕の中に入っていて、町にいた人の中で「ただ一人の生存者」となったそうです。

多くの子供たちが修学旅行などで訪れる場所なので、分かりやすいように絵や写真を多く用い、平和の学習の場として整備されています。

「平和の泉」です。

のどが渇いてたまりませんでした 水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました どうしても水が欲しくてとうとうあぶらの浮いたまま飲みました

ー あの日のある少女の手記から 

平和公園に長崎市が計画している「世界平和シンボルゾーン」には、その建設の主旨に賛同した国々から寄贈された平和を願う像や碑が並びます。

「長崎の鐘」です。当時、被爆地には多くの軍需工場があり、動員学徒、女性挺身隊と呼ばれた中学生や女学生をはじめ、多くの人々が働いていました。長崎の鐘は、遺族、被爆者、大勢の市民の拠出金により、ここで亡くなった方々の冥福を祈るために造られました。

「平和記念像」です。長崎市民の平和への願いを象徴する高さ9.7メートル、重さ30トンの青銅製の記念の像です。この像は神の愛と仏の慈悲をを象徴し、天を指した右手は”原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は”平和”を、軽く閉じた瞼は”原爆の犠牲者の冥福を祈る”という想いが込められているそうです。

「折り鶴の塔」です。原爆の犠牲者の霊を慰めるとともに、二度とこのような悲劇を繰り返さないようにとの願いを込め、先端に黄金の鶴が輝く塔には、世界恒久平和を祈った無数の折鶴が寄せられています。

平和記念像のすぐ奥に”天主堂の見える丘”があります。その場所から浦上天主堂が正面に見えます。

脇の階段を下って行くと、浦上天主堂が見えてきます。ここは、爆心地から北東へ約500mの地点です。

現在の天主堂は昭和34年(1959年)に再建されました。

浦上天主堂の敷地を流れる小川の土手に、半分埋もれた状態で、旧天主堂双塔のドーム状鐘楼の巨大な残骸があります。

鐘楼は鉄筋コンクリート製で直径5.5メートル、重さ約50トンあったそうですが、爆風で飛ばされてここに落下しました。

鐘楼につられていた二つの鐘のうち、もう一つの大きな鐘はほとんど無傷で残り、再建された天主堂で今もその音を響かせています。

天主堂に向かう上り坂の左側の植え込みには、熱線で黒く焦げたり、鼻や腕、指、頭部を欠いた痛々しい姿の聖人の石造が並んでいます。

旧天主堂は、明治28年(1895年)に起工し、大正14年に完成するまで、30年の歳月をかけて建てられました。当時は、赤レンガ造りの、東洋一といわれた大きな教会でした。

原爆の爆風で、一瞬のうちに崩壊し、またその時の火災で屋根と床は焼失しました。聖堂、司祭館などは、堂壁の一部を残して崩れ、敷地内にあった聖人像などの石像もほとんどが大破しました。双塔の鐘楼の片方は天主堂内部に倒れ、、他方は下の川に転落しました。

遺壁の一部は原爆落下中心地に移設され、また、長崎原爆資料館に被爆当時の南側入り口の再現模型や被爆した実物の像などが展示されています。

弾圧を受けながらも信仰を貫いた人たちの思いが詰まった「信仰乃礎碑」です。

天主堂に上る坂道の右側に、平和を世界へ訴える永井隆博士に共鳴したイタリア・カトリック医師会から寄贈され、ローマ教皇ピウス12世により「平和の聖母」と名付けられた聖母像が立っています。

浦上天主堂から爆心地公園の上の道、セントポール通りを7分ほど進むと長崎原爆資料館があります。

この資料館では被爆の惨状を示す資料や写真などが展示され、また原爆が投下されるに至った経過や被爆から現在までの長崎の復興の様子、核兵器開発の歴史、そして人々の核兵器のない平和への願い、などについてストーリーをもたせて分かりやすく展示してあります。

資料館を見学して、すぐ近くの、原爆資料館駅から路面電車に乗って大浦天主堂駅へと向かいます。

大浦天主堂駅からグラバー通りを歩いていると、「ちゃんぽんの本家 中華料理 四海楼」があります。残念ながら満席の表示が!!

お昼どきなのですが、長崎ちゃんぽんは諦め、グラバー通りを上ります。

大浦天主堂に向かう坂の途中に、岩崎本舗の角煮まんじゅうを見つけました。ふわっとした生地にとろけるような角煮を挟み込んだまんじゅうで、その場ですぐに食べることができます。

長崎の卓袱料理のフルコースの一品の、東坡肉(とうぼうろう)を「もっと手軽に」、「よりおいしく」と願い「長崎角煮まんじゅう」が誕生したのだそうです。

お腹を少し満たし、更に坂を登って行くと、国宝の「大浦天主堂」があります。

大浦天主堂は、幕末の開国にともなって造成された長崎居留地に、在留外国人のために建設された中世ヨーロッパ建築を代表するゴシック調の教会で、現存するものでは国内最古となります。また、建立直前に列聖された日本二十六聖人に捧げられた教会であり、正式名は「日本二十六聖殉教者聖堂」といいます。天主堂の正面は殉教の地である西坂に向けて建てられています。

大浦天主堂は1864年末に竣工し、翌年2月に祝別されました。

この直後の3月に、浦上の潜伏キリシタンが、建てられて間もない天主堂を訪れ、信仰を告白したことにより、世界の宗教史上にも類を見ない「信徒発見」の舞台となりました。2018年にユネスコの世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつです。

大浦天主堂の脇道を上ると「グラバー園」へと続く階段があります。 

グラバー園は、世界遺産の「旧グラバー住宅」が来年3月末まで耐震補強工事を含む保存修理工事を行っていますので、この度は園内には入らないで外周を一周しようと思います。

グラバー園第一ゲートに続く長い階段です。

グラバー園外周を一周し、更に続く急坂を登りきるとグラバースカイロードの展望所に到着します。

ここからは長崎市内が一望でき、また夜景がきれいなんだそうです。

展望所から眺める長崎の市街地です。グラバー園やそのずっと先の稲佐山が見えます。

大浦天主堂、カトリック大浦教会、長崎港が見渡せます。

山の斜面に市街地が広がっているのがよく分かります。

グラバースカイロード展望台の脇を少し行くと「南山手レストハウス」があります。

石柱と木柱が併用された造りで、観光客が気楽に休憩できるレストハウスとして一般公開されています。

ここの庭園からも長崎市街地が一望できます。

南山手レストハウスの脇道を少し降りると、そこは「相生地獄坂」と呼ばれる激坂の階段へとつながっています。

降りても、降りても続く坂の階段。途中登ってくる人にすれ違うと、つい”ご苦労様です”と声をかけてしまいます。

地獄坂を降り切ったところが、グラバースカイロードの斜行エレベーターの入口になります。2002年に完成し、日本で初めて”道路”として位置づけられた斜めに動くエレベーターです。

徒歩しか手段のない斜面の市街地に住む高齢者や障害者の方の、安全のための交通手段なのですが、観光客も無料で利用できるのはありがたいことです。

グラバースカイロード入口から3分で石橋駅に着きます。そこから路面電車でオランダ坂を目指します。

メディカルセンター駅で降りるとすぐ先にオランダ坂への案内標識があります。

オランダ坂へ向かう坂道です。ここもオランダ坂と言うのかもしれません。長崎にはオランダ坂と呼ばれる坂がいくつもあるそうです。

江戸時代に出島にオランダ人が住んでいた影響で、長崎の人々は外国人を見るとすべて「オランダさん」と呼んだそうです。その後、外国人居留地にある坂はすべてオランダ坂と呼んでいたそうです。

現在は、主に、活水学院下の坂、誠孝院前の坂がオランダ坂と呼ばれています。

オランダ坂の石の標識です。ここは東山手に位置しており、オランダ風の洋館が建ち並ぶ、異国情緒あふれる坂道です。

標識のそばに、福山雅治さんCMの洋館カフェ「東山手甲十三番館」があります。

福山雅治さんが出演するキューピーのCMのロケ地となった「東山手甲十三番館」は福山ファンも多く訪れるスポットになっているそうです。

ここは、明治時代に建てられた洋館で、ここではカフェの営業も行っています。

オランダ坂から3分ほどで海岸通りに出ます。そこから、海岸沿いに「軍艦島デジタルミュージアム」に向かいます。

途中に「長崎市べっ甲工芸館」があります。国指定重要文化財「旧長崎税関下り松派出所」を保存修復し、べっ甲工芸品及び税関資料を展示してあります。

べっ甲工芸館のすぐそばに「軍艦島デジタルミュージアム」があります。軍艦島上陸ツアーに乗船する方は、事前に見ておいた方が良いといわれています。今回は上陸ツアーは時間がないので、ここの見学だけです。

このミュージアムでは、2015年に「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界文化遺産に登録された「端島炭鉱」(軍艦島)を最新のデジタル技術で体感できます。

軍艦島の今の姿を3Dモデルで構築した「軍艦島3D散歩」、軍艦島立ち入り禁止区域の最新映像をVRで体感する「軍艦島VR」など多数のコンテンツが楽しめます。

軍艦島のアパートの暮らしの再現セットは当時の生活を詰め込んだ一部屋です。

「軍艦島デジタルミュージアム」を後にし、有名な眼鏡橋に行ってみます。

路面電電車の眼鏡橋駅で下車、中島川沿いに出ると先に見えます。

日本最古のアーチ式石橋で、川面に映る影が眼鏡に見えることからこの名前がついたといわれています。

「日本橋」、「錦帯橋」と並び日本三大名橋に数えられています。また、皇居の二重橋のモデルにもなっているそうです。

この眼鏡橋の近くの中島川護岸にあるハートストーンが、愛を願うパワースポットとして人気を集めています。

眼鏡橋のそばの「魚の町」では10月に行われる「長崎くんち」の川船造りの真っ最中です。昔は魚市場があったそうで、長崎くんちでは「川船」を奉納するそうです。町名の魚にちなんで、魚をとりに行く川船を奉納踊りに出すようになったのは非常に古く、踊り場で船頭が投網で魚をとり神前に献上するのだそうです。

路面電車沿いを少し歩くと、創業天和元年(1681年)カステラ元祖「松翁軒」本店があります。長崎の歴史とともに三百年あまり歩んできたカステラづくりの老舗です。

坂道をだいぶ歩きましたので「松翁軒」本店の二階のカフェ「セヴィリア」ですこし休憩します。

店内は異国情緒あふれる、お洒落な雰囲気です。

お勧めの”カステラセット”(カステラ&チョコラーテ、コーヒー)を注文しました。

少し休憩し、元気がでましたので、最寄りの市民会館駅から新大工町駅に向かい、坂本龍馬の亀山社中の歴史を辿ります。

途中に上野撮影局跡があります。あの有名な坂本龍馬の写真を撮った場所です。

この写真を撮ったのが「上野撮影局」なんです。

若宮稲荷神社二の鳥居から参道を通り亀山社中跡を目指します。

赤い鳥居が続きます。この若宮稲荷神社は、南北朝の武将楠木正成の守護神であったため、亀山社中はじめ諸藩の勤皇の志士が多数参拝し、別名”勤皇稲荷”と言うそうです。

坂道が狭く入り組んでいて迷子になりそうになりながら「亀山社中の跡」に到着です。

跡地は記念館になっており、龍馬のブーツなどのレプリカや、書状の写し、亀山社中の志士の写真などが展示してあります。名誉館長は竹田鉄也さんです。

亀山社中門前のポケットパークに「龍馬のブーツ」像が建っています。ここから長崎港など長崎の街並みが一望できます。実際にブーツに足を入れることができるため、記念写真のスポットとして人気です。

この周囲には龍馬ゆかりのものがたくさんあり、曲がりくねった坂道は「龍馬通り」と呼ばれ、長崎市の歴史探訪路になっています。

新大工町駅に戻り、一旦ホテルに向かいます。

長崎の路面電車の車内です。多くの市民や観光客に利用されています。どこまで乗っても130円です。私は乗り放題の一日乗車券を500円で購入しております。

長崎駅前に到着です。この路面電車のおかげで今日は長崎市内をいっぱい観光することが出来ました。

JR長崎駅です。2022年度に暫定開業予定の九州新幹線、西九州ルート(長崎新幹線)の駅舎の工事が進み、それに合わせて長崎駅も来年3月に約150メートル西に移転し、高架化された新駅としてオープンするそうです。

ホテルにチエックインして、少し休憩してから食事に出かけます。路面電車の一日乗車券がありますのでどこでも大丈夫です。という事で、横浜、神戸に並び日本三大中華街のひとつ、長崎新中華街に来ました。

東西南北すべての入口に中華門が建ち、縦横約250mの十字路で、通りには中華料理店が軒を連ねています。

北門(玄武)から中に入ります。少し時間が違ったのか、あまり営業している雰囲気ではありません。

そのまま、南門(朱雀)に抜けます。

中華街は諦めて、もう一つ気になっていた近くの長崎水辺の森公園の水辺の森ワイナリーレストランに行きます。

ホテルで五島列島フェアーのパンフレットを見かけたので、気になっていました。

今だけ、五島列島の郷土料理(五島手延うどんの地獄炊き、五島煮しめ)が食べられます。五島列島には時間が無くて行けませんので、その料理を味わおうと思います。

ホテルに戻ったら、ちょうど稲佐山の夜景見学ツアーの出発時間でした。確認するとちょうど1名の空席があるとのことで参加しました。

稲佐山山頂展望台までバスで往復するツアーで世界新三大夜景が堪能できます。

車で行くと駐車場に入るのに渋滞します。ロープウェーでも行けるのですが降りてから展望台まで少し歩くので、その点バスは展望台の入口まで直行し、料金も高くないのでとても便利なのです。

床に散りばめられた照明による光の空間と夜景が良い雰囲気を演出しています。

長崎の夜景は2012年に開催された「夜景サミット2012 in 長崎」において香港、モナコとともに「世界新三大夜景」に選ばれました。稲佐山から眺める夜景は「1000万ドルの夜景」と称されるほど美しく、一見の価値が有ります。

夜景を堪能しホテルに戻り、ホテルの前の町中華で長崎ちゃんぽんを食べようと思います。遅かったのでちゃんぽんは終了でしたが、皿うどんが食べられました。

細麺、太麺が選べるので細麺にしました。皿うどんの中はパリパリの細麺です。町中華は最高!

残念ながら、今日はちゃんぽんは食べられませんでした。明日にします。皿うどんもちゃんぽん同様、地元で愛されている麺料理だそうです。揚げた細麺もおいしいのですが、地元の人は焼いた太麺も好むそうです。う~ん 悩ましい!

第二巻に続く・・・

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