佐渡国分寺、妙宣寺

佐渡

6月20日、所用で佐渡に行きました。朝6時の佐渡汽船始発で佐渡に向かいます。

佐渡汽船乗り場に展示してある人間国宝、蝋型鋳金作家佐々木象堂さんの「瑞鳥」のモニュメントです。

8時30分に両津に到着し、午前中で用事を済ませて少し佐渡のお寺を巡ります。

今日はしばらくぶりに佐渡国分寺を訪れます。茅葺の仁王門が出迎えてくれます。佐渡国分寺は764年に落成されたとされますが落雷や大火で幾度となく焼失したようです。現在の国分寺は江戸時代にその東側に再建されたものです。

歴史を感じさせる古びた仁王門です。仁王像が拝見できます。

佐渡国分寺の仁王像は少しイメージが違うんです。あのものすごく怖いイメージではないんです。

細身ではあるのですが迫力のある大きさの仁王像です。

仁王門をくぐると瑠璃堂まで参道が長く続きます。右側が現在の国分寺です。

左手が鐘楼で正面が瑠璃堂です。鐘楼は1674年に再建させたものです。瑠璃堂は1666年に再建されたもので、かつては火災を免れた本尊の薬師如来像(国の重要文化財)が納められていました。

佐渡国分寺から妙宣寺に向かいます。中部北陸自然歩道との表示があり史跡遊歩道の地図もあったのですが、”google map”で見ると結構距離もあり道路も見えないので安全策で車道を行きます。

1キロちょっと歩き、日蓮上人ゆかりの名刹、蓮華王山妙宣寺に到着です。日蓮宗佐渡三本山の一つです。

妙宣寺は佐渡配流の日蓮に仕え、熱心な法華経信者となった遠藤為盛(阿佛房日得上人)が弘安2年(1279年)以前に、妻の千日尼と共に自宅を寺として開いたのが始まりと伝わります。

天正17年(1589年)に現在の場所に移転し妙宣寺の寺号を起こしたといわれています。ここはかつては佐渡の守護代竹田本間氏の居城だったそうです。

国分寺と同じく茅葺の仁王門です。延宝5年(1677年)建立で朱塗りの跡が残っています。屈強な仁王像が拝めます。

仁王門をくぐると五重塔があります。新潟県に現存する唯一の五重塔で、江戸時代に相川の宮大工長坂茂三右エ門と金蔵の親子が二代で30年をかけて文政8年(1825年)に建立されたものです。

建築様式は和様の三間五重塔婆で、屋根は宝形造桟瓦葺(旧こけら葺)、天井に江戸風の相輪を備え、全高約24m、各層の各辺3.6mで、柱に杉材、上物に松材、建物に欅材が使用されています。日光東照宮の五重塔を模して建てられたそうですが、各層に勾欄がないため未完成であるとも言われています。

山門です。一階が吹き抜けになっていて、扁額には「阿佛房」と書かれています。現在のこの辺りの地区の住所は阿佛房なんです。

山門をくぐると広い境内に出ます。本間氏の居城だった「雑太(さわた)城」跡なのでとても広いです。

境内左手に番神堂があります。

境内をまっすぐ進むと妙宣寺本堂と庫裡です、木に隠れていますが左側が祖師堂です。

境内を一周しました。杉の間に静かにそびえる五重塔の姿が何とも言えません。

道路沿いに結構広い駐車スペースが有りますが一台も車はいません。バス停が見当たらないので探したら、反対方向のバス停に「この辺りでお待ちください」との表示を見つけ、ここで待っているとバスは止まってくれました。

船の時間があるので今日はここまでですが、また次の機会に別のところを見学しようと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました